FC2ブログ

伍 22


「・・・カン・インさん・・」

なんでこの人が此処に?

「へ~、俺をご存じでしたか? 妃殿下。 光栄ですよ」

とてもそうは思っていないだろうことがありありと判るというのに、カン・インさんは悪びれずにそう言った。

「君、失礼だな。 僕はチェギョンの・・・」
「浮気相手だろ? さっきの親密な写真は撮らせてもらったよ。 マスコミに売れば面白いだろうなー」

私を陥れようとしてるの?
でもユルオッパは従兄弟だから何の問題もない。

「は、好きにすればいい。 チェギョンのスキャンダルにはならないよ。 行こう、チェギョン」

ユルオッパが私の肩を抱いてその場を離れようとした。
少し遠くに居た翊衛司のお兄さんが こちらに歩いて来るのが見えた。
その時。

カン・インさんがポケットからナイフを出し、私に切りかかって来たのだ。




それからのことは一瞬のうちに起こった。
カン・インさんは私の顔を傷付けようとしていた。
私を庇ってユルオッパは肩を切られ、緩んだユルオッパの腕の中から私の左腕を掴んで引っ張りだしたカン・インさんが、私の顔に振りおろしたナイフを、私は右腕で受けたのだ。

「ちっ」

というカン・インさんの舌打ちが聞こえた。
が、次の瞬間には、カン・インさんは、翊衛司のお兄さんたちに取り押さえられ、殴られて、その場に転がっていた。

通行人で通報した人が居たようで、すぐに警察や救急車が来て大変な騒ぎになった。
ナイフを持っていたのはカン・インさんだが、翊衛司のお兄さんたちが二人でカン・インさんを殴っているのを見た人も居て、私たちは先ず警察に連れて行かれた。


日本に居る韓国大使さんにまで来てもらって、漸く警察を出たのは辺りが薄暗くなってからだった。
警察の中で治療してもらっていたので、私たちはやっとそれぞれの家に帰った。



カン・インさんが、私とユルオッパに声をかける前に私たちの写真をネットに流すべく、別の人物に写真を送っていたようで、すぐに韓国内でネットに乗せられ、あっという間に、私が日本で浮気しているということになっていたらしい。
私はそれを夜になってから、チェ尚宮さんから聞いた。

「でもユルオッパは従兄弟なのに」
「はい。 宮もそれは承知しておりまして、すぐにそのことが発表されたようです。 ですので、それはもう大丈夫かと思われます」

それならよかった。
それでなくても怪我させてしまったのに、これ以上ユルオッパを巻き込みたくない。

そのあと、チェ尚宮さんが携帯を貸してくれた。
私の携帯はあの時落としたカバンの中で壊れていたので、これで殿下に連絡を入れてほしいと言われたのだ。
そうね。
心配してくれてるかも。


案の定だった。
携帯が繋がらなくてすごく心配したんだぞ、と言われてしまった。
散々私の怪我のこと、ユルオッパの怪我のことも聞いてくれていた。

その時の状況は、翊衛司のお兄さんから報告があったらしい。
そしてカン・インさんは、韓国に強制送還されたそうだ。
彼は何故あんなことをしたんだろう。

それを殿下に聞いたら、多分俺のせいだと言っていた。

なんで殿下のせいなんだろう。
殿下の声が悲痛なモノに聞こえて、それ以上聞くことが出来なくなってしまったが。



そして、このことで私は宮に戻ることになった。
皇太子妃が外国で暴漢に斬りつけられて怪我をしたとなっては、宮としては直ちに戻れと言わざるを得なかったようだ。

日本を発つ前、ユルオッパが笑いながら言っていた。

「殿下は喜んでるだろうね。 半年のはずが3カ月足らずで愛しい妻が帰ってくるんだから」

///い、いとしいつま~?///

伯父さまも伯母さまも母たちも笑っている。
ううん、にやけている。

やめてよ~。
恥ずかしいだけだってば~。///




民間機で韓国に戻った私を、まさかの殿下が迎えに来てくれていた。

「チェギョン!」

衆人環視の中、泣きそうな殿下に抱き締められた。

「よかった。 無事でよかった、チェギョン!」

怪我をしてからまだ数日なのであの時の恐怖が今も鮮明な私は、殿下にしっかり抱き締められたことで安心したのか、涙が溢れてきて止めることが出来なかった。
私は殿下にしがみついて泣いた。


この時の私たちの様子が、なんとネットに流れていたらしい。
そのことで、皇太子夫妻は仲がいいんだということになったようだ。
まあ、あながち嘘でもない。


殿下の話では、カン・インさんは警察で、ヒョリンさんを棄てた殿下が許せなかったんだと喚いていたらしい。
そうじゃない、ミン・ヒョリンが嘘を吐いていたんだと誰がどう言っても無駄だったそうだ。



「俺のせいなんだ。 俺のせいでインがお前に斬りかかった。 何もかも、全てが俺のせいなんだ」

そう言って沈み込んでいる殿下を、私は抱き締めた。

「殿下のせいじゃないです。 インさんが弱かったんですよ」
「いや、ヒョリンのことを放っておいた俺のせいだ。 そのせいでお前も苛めに遭った」
「それはヒョリンさんが仕掛けたことだったんでしょう? 殿下、もう自分を責めるのは止めてください。 私は殿下のせいだなんて思ってませんし、誰のせいでもないんです。 そんな風に後ろ向きな人、私は嫌いです」

殿下はこの最後の言葉に反応した。
俯いていた顔を上げて私と視線を合わせて、殿下は私に聞いた。

「俺が嫌いなのか?」
「いいえ。 嫌いじゃありません。 でもこんな風に落ち込むばかりじゃなく、もっと前を向いていてくれるほうが好きです」
「俺が好き?」

私のほうに身体を向けて、身を乗り出すようにして殿下が言った。

パビリオンの外の椅子に腰かけている私たちの傍には、今誰も居ない。
私は思い切って殿下が聞きたいと思ってくれているであろう言葉を口にした。


「好きです。 私、殿下が好きです」




関連記事
スポンサーサイト