鏡花水月 2
「またよろしくお願いいたします」
「いやいや、こちらこそ」
「どうぞ、お気を付けて」
「はい。 では失礼いたします」
母に付いてご贔屓先のお店に商品を卸し、ご主人と奥さんに挨拶してから通りに出ると、ひときわ背の高いシンジェさまが見えて、私は母から離れた。
「お母さま、私は此処でっ」
「え? チェギョン!?」
シンジェさまの元に走ると、彼は苦笑いしながら私を見ていた。
「やあ、チェギョン。 お使いの帰りか? でも女の子がそんなに走っちゃだめだぞ」
「いいんですっ」
シンジェさまは、その端正な顔を一層綻ばせた。
とても素敵だ。
彼はイ・シンジェ。
祖父の代から家族同士での付き合いがあり、私が小さい頃からずっと好きな人だ。
ただ・・・、シンジェさまは両班なのだ。
私はただの商人の娘で平民なので、彼とは釣り合わない。
こうして忌憚なくお話出来るというだけ。
「彼は頑固だなあ。 父の代からの付き合いだから私たちの息子も同然なのに、頑なに援助は要らないと言い張るんだから」
ふー、と溜息を吐きながらそう言うのは私の父だ。
シンジェさまのところは早くにおじいさまもお父さまも亡くなられたので、彼は科挙も受けられないまま家長になったのである。
そのことで、お母さまとお姉さまのために彼は仕事をしている。
なので祖父や父が、少しでもと援助を申し出るのだが、彼は断り続けているのである。
多分、両班としてのプライドが許さないのだろう。
そんなある日、店の奥で母と一緒に絹織物を選り分けていると、父が飛び込んで来た。
「王さまが崩御されたぞ!」
「え!?」
ウチは宮殿に布地を納めているので、何度も行くうちに親しくなった下働きの男性に聞いたらしい。
「すぐに葬儀が執り行われる。 都中が喪に服すことになる」
父の言葉通り、都の空気は重々しくなり、民は王さまの死を悼んだ。
王さまの本当の死因が何なのか、私たち平民には知る由もないのだが、王さまはまだ10歳だった。
ご病気だったとは思えず、もしかしたら宮殿内での権力争いの結果なのかもしれなかった。
「まだ10歳の子供なのに可哀想に」
口には出さずとも他の人たちと同じことを考えていたであろう父は、小さくそう呟いた。
「次の王さまも利用されることになるのかしら?」
母も溜息混じりにそう言った。
そしてひと月も経たないうちに、次の王さまが決まったのである。
イ・ウニョンさまという、15歳の翁主さまだった。
「かの王さまの最後のお子さまだ。 15だというのに・・・」
お可哀想にと続けるはずだったのだろうが、それは父の口からは出なかった。
「先代の王は10歳だったから妃はまだ居なかった。 今度はそうはいかんだろうなあ」
その祖父の言葉に、父が尋ねるように聞いた。
「それなりの家の息子が、女帝さまの夫に選ばれることになるんでしょうか?」
「そうなるだろう。 多分、何人もが後宮に入ることになるだろうな。 まあ、儂ら平民には関係のないことだ」
15くらいで、夫候補というか、男性の側室が何人も近付くということだ。
考えるだけで怖くて震えそうだった。
翁主さまもお気の毒だ。
それでも町はお祭り騒ぎで、シンジェさまとともにそれを見ていた私もつい、隣に居る彼に呟くように言った。
「女帝さまになれば、少しは暮らしも変わるでしょうか?」
「民の暮らしなど変わらない。 特に俺の暮らしは」
彼の気持ちが前向きになればと思ったのだが、薄く笑ってそう言った彼に、私はつい、私を妾にしてくださいと言いそうになった。
そうしたら、妾の実家ということでおおっぴらにお助け出来るし、シンジェさまもそれならば受け入れてくれるかもしれないと、以前から思っていたから。
でも。
やはり自分からは言えなかった。
シンジェさまの家であるイ家のお屋敷には、去年から行っていない。
家には来ないで欲しいとシンジェさまに言われたからだ。
「庭の手入れが出来ていないようだから、見られたくないんだろう」
だから行くなと父に言われたこともあって、近くを通っても門扉を叩くことはしない。
でもその日、久し振りにお屋敷の前を通ったら、門扉が開け放たれていたのである。
いつもはきちんと閉まっているので、何かあったのかと、そっと中を覗いてみると、何やら人の気配がなかった。
「・・・何処かにお出掛けかしら?」
お母さまが病弱なのでお医者様のところかとも思ったが、だとしても使用人の影もないのだ。
「何かあったの・・・?」
シンジェさまの姿は勿論、ご家族も使用人さんたちの影も形もないことで、私の胸に不安が広がった。
それから。
イ家の屋敷が空になっていると知った父が人を使って探してくれたことで、皆さまは都を出たことが判った。
「ハンさまがお世話してくださったようで、ユソンさまとヘミョンさまが住んでおられた」
「シンジェさまは?」
「官吏さまのお供で隣国へ行ったそうだ」
俸給は出るがいつ帰れるのか判らないので、女性2人を都に残しておくよりもと、移ることを決めたらしい、ということだった。
「・・・いつ帰れるか判らないの?」
「そうだ」
「・・・そんな」
私たちに、ううん、私に何も言わず?
報われない想いだとは判っていたが、こんな形で姿を消すなんてと、私は涙が止まらなかった。















「時代劇で「身分違いのシン君とチェギョンの恋が実るお話」で、かの女皇帝をキーパーソンにしました。
あの動画のジフニ編の最後の台詞が「彼女が本当に欲しいものは何だろうか」というのですが、そこから妄想全開‼︎…それはやはり“愛”ではないかと思い、女皇帝編のイメージと併せてキャラ設定を考えてみました。」
しさまのリクはこれで始まりました。
参考にされたというコミックですが、ネタバレはやめておきます。
私はググっただけですが、明らかにそれまでの経緯が違いますし、
しさまが参考にされたのは一部分ですので。
鍵コメで、これかな?と聞いてくださった時は、
そうですよ〜、とか、それではありません、とかお答えいたします。m(_ _)m