鏡花水月 1
「王様、万歳! 王様、万歳!」
先王の五男だった現国王が亡くなったことで、次に王に担ぎ上げられたのは翁主、つまり側室が産んだ王の娘のイ・ウニョンさまだった。
「10歳の王の次は15の娘か。 いくら先王に他に子供が居ないからと、また“傀儡”なんてな」
そう言っていたのは誰だった?
内心そう思っている者は多いだろうに、宮殿の外はお祭り騒ぎだった。
傀儡だとは判っていても、国の慶事なのだから、少しは民におこぼれがあるはずだと期待しているのである。
「女帝さまになれば、少しは暮らしも変わるでしょうか?」
俺の傍で興奮気味の大勢の民を見ながらそう言ったのは、俺の幼馴染で想い人で、まだ16歳のシン・チェギョンだ。
彼女も多分、俺を好いてくれていると思う。
だが悔しいことに、俺は両班でチェギョンは商人の娘で平民なので、身分違いのせいで正室として娶ることが出来ない。
かといって愛しいチェギョンを妾にする気のない俺は、ただ彼女の幸せを願うだけだった。
それに俺は、両班と言っても名ばかりなのだ。
「民の暮らしなど変わらない。 特に俺の暮らしは」
「シンジェさま・・・」
「ほんとのことだろう?」
言葉を詰まらせたチェギョンに、俺は薄く微笑んだ。
俺は、元は名家だったイ家の跡取りのイ・シンジェ。
まだ18だがこれでも6年前から家長だ。
祖父と父が早逝したことで科挙を受ける余裕がなくなり、残してくれていた財産を切り崩しながら、病弱な母とその世話をする姉、そして代々仕えてくれている使用人たちと暮らしている。
だが、いつまでも蓄えが続くはずもなく、実は底を付きかけている。
友人が世話してくれた代筆業や、子供に読み書きを教えたりして小銭を稼いでいるが、焼け石に水だった。
反対にチェギョンのところは裕福な商家で、ウチとは祖父の代から懇意にしていた。
そのことで、援助をと申し出てくれているのだが、両班としての馬鹿なプライドのせいで、俺は断り続けている。
ある日、代筆業で得た小金を手に家に帰ると、重臣の一人であるハン氏が来ていた。
といっても会うのは初めてだが。
母と姉が心配する中、俺はハン氏と2人で向き合った。
「え? 私に後宮に入れと?」
つまり、女帝の側室になれということだ。
既に十数人が後宮入りしているらしい。
「はい。 私どものハン家よりこちらのイ家のほうが格が上ですし、ウチの息子ヒジェは病弱でして」
「いいえ、ウチは既に没落しております。 宮殿に入るなど恐れ多いだけです」
そう言って断ったのだが、ハン氏は食い下がった。
「シンジェさまほどの端正なお顔立ちなら、すぐにお目をかけられてお傍に仕えることになるでしょう。 そうしたら権力を握れますよ」
自分が後ろ盾になるので、その暁には息子ヒジェを立ててくれというのだ。
だが・・・、外見はどうあれ、女性に対して気の利いたことも言えない俺が、女帝に好かれるとは思えないが。
やはり断ろうとした時、トドメのような言葉がハン氏の口から出た。
「ご家族の生活はご心配なく。 私がハン家の名にかけてお守りいたします」
「・・・」
結局俺は、ハン氏の申し出を受けた。
このままではイ家の先行きが見えているので、家族の生活をみてくれるというのが一番の理由だ。
が、もうひとつ理由がある。
チェギョンだ。
どうせ報われない想いなら、この機会に彼女から離れるほうがいいかもしれないと思ったのだ。
「え? 官吏のお供で隣国へ?」
「はい。 ハン氏が私を推薦してくださったそうで、すぐに出発することになりました。 俸給は出ますが、私はいつ帰れるか判らないので、この際都を離れてはどうかと思いますが」
「でもシンジェ。 チェギョンのことは? このまま離れていいの?」
ハン氏と二人で考えた嘘を並べ立てた俺に、そう聞いたのは姉だった。
「チェギョンとは何もないんですよ」
「でも、」
「彼女は幸せになるべきなんです」
「・・・」
母も姉も、俺のチェギョンへの気持ちに気付いている。
だが妾にはしないという気持ちも判ってくれているので、姉はそのまま口を噤んだ。
友人ギョンと代筆業にも同じ理由を言って、都を離れると伝えた。
するとギョンが、チェギョンに一言挨拶して行けと俺に言った。
「何故? 彼女とは何の関係もないぞ」
「今更惚けるな。 お互い想い合っていることは知ってるんだ。 せめて抱き締めて来い!」
「・・・」
チェギョンを抱き締める。
そうしたい。
だが、彼女のためにはならないだろう。
後宮に入れば、俺はもう外には出られない。
そんな俺のことなど忘れる方がいいのだから。
「元気でな、ギョン」
「シンジェ!!」
俺が落ちぶれても何かと助けてくれて、ずっと変わらずに友人でいてくれたギョンと別れてから数日後。
ハン氏が出してくれた金を使用人たちにも分け与え、荷物を整理した母と姉はイ家の屋敷を出て都を離れる日が来た。
都の外にハン氏が家を用意してくれていて、そちらに向かうのだ。
「気を付けるのですよ、シンジェ」
「はい、母上」
「必ずまた会えるわよね」
「勿論です、姉上」
涙ぐんでいる2人を見送ってから、使用人たちと最後の挨拶をして、やはり先に彼らを見送ってから、俺は荷物を手にハン家に入った。
最後にチェギョンの姿くらい見たかったのだが、そういうわけにもいかない。
「よくいらっしゃいました。 ご家族は無事出立いたしましたか?」
「はい、ありがとうございます」
ハン氏は衣類や装飾品を取り揃えてくれていて、もてなしてくれた。
が、奥さまには挨拶したのだが、息子には会えなかった。
病弱というのは本当らしく、今は臥せっているそうだ。
「ご心配ですね」
「生まれつきなので今では諦めています。 一人息子があれでは、多分孫の顔も見ることが出来ないでしょう」
ハン氏はそう言って小さく溜息を吐いた。
そしてまた数日後、母と姉が新しい家で生活を始めたという報告を胸に、身なりを整えて如何にも両班風になった俺は、ハン氏に伴われて後宮入りしたのである。










突然の短編です。
と言っても、何話で終われるのか見当もつかないんですが。(笑)
実はこのお話、去年7月に100000拍手を迎えた時に、
ソレを踏んでくださった「し・・・さま」のリクです!o(^▽^)o
日にちが経ってるので随分気にしてくださっていて、却って申し訳なかったです。(*≧∪≦)←
私がハードルを上げたというか、プレッシャーをかけたかもというせいもあります。(´∀`*;)ゞ
でも!!!
素晴らしいリクをいただきましたーーーーー!!\(^o^)/
あの「彼」を軸に、とあるコミックを参考になさったそうです。
私そのコミック知らなくて、映像化されたドラマも映画も観てないんですよね。
何となく、効率が悪い気がして。(笑)
でも検索するとしっかりした設定でそれまでの背景も良くて、今度映画を観てみようと思っています。(^^)
タイトルもいただきました!
めちゃ助かる!!←
「彼らの恋模様にぴったり」ということだそうです〜〜〜。
そうなるように、上手く書きたいです〜〜〜。(〃▽〃)
扉絵が欲しかったんですが、両班(っぽい)シン君画像が見つからなくて、
でも見つけたところで私じゃ無理そうで、
せっかくの記念ですが扉絵はナシということでご了承ください。
すみません、しさま、皆さま。m(__)m
この記念のお話は皇太子シン君ではないので、「bell」のほうに「記念のお話」の書庫を作りました。
なので、先の「一周年記念」のお話もこちらに移しています。
で・・・。^^;
「肆拾漆」とこれを交互(になるかどうかも判らないんですが)に進めようと思います。
だって〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ、「書きたい病」が出ちゃったんです。ヽ(≧∀≦)ノ
最後までのあらすじをくださったので、「書きやすい!」のも大きな理由です。←
と言いながら変えたところがあるんですが。
すみません。^^;
3日置きになってるので、余計に終わりが遠くなるかと思いますが、
そちらもご了承ください。m(__)m
それと、明日はバレンタインなので、ずっと以前に作った画像を使いたくて、お話を捻り出しました。(笑)
お付き合いいただけたら嬉しいです。(^-^)/
長々と失礼いたしました。
ではまた。