You onry live once 7
「シン先生、映画のチケットがあるんだけど、行かないか? 勿論ソジュン君も一緒に」
ある日、先輩教師のイ・ユル先生が、笑顔でそう誘ってくれた。
ソジュンも一緒にというのは嬉しいのだが、どんな映画なのだろう?
「ソジュンもですか?」
「うん、アニメなんだ。 親戚に買わされちゃって」
見ると、日本の○○モンだった。
これはソジュンが喜ぶ。
「行きます!」
そして当日、イ先生と3人で人でごった返している映画館に行った。
こういうところは私も久し振りなので、うきうきする。
「実はソジュンは映画が初めてなんです」
「そうなの? じゃあ大画面で喜んでくれるかもね」
ソジュンを挟んで3人で手を繋いだままでイ先生と話していると、ソジュンが下から聞いて来た。
「だいがめん?」
「そうよ、ソジュン。 家で見るよりずっと大きく見えるのよ」
「おおきいの?」
ソジュンは嬉しそうに早く行こう!と私の手を引っ張り、苦笑しているイ先生と一緒に、飲み物やお菓子を持って、私たちはシアター内に入った。
「おっきかったしおもしろかった〜〜〜っ」
「良かったね、ソジュン」
「うん!」
ソジュンが嬉しそうで、私も嬉しい。
車を取って来ると言ってイ先生が駐車場に行った時、ソジュンがジュースを買いに行くと言った。
1人で行けるという。
「大丈夫? 先生の車を待ってなきゃだから、じゃあママ、此処から見てるから」
「うんっ」
お金を握り締めたソジュンは、嬉しそうに中に戻った。
ソジュンは、私のことを「ママ」と呼ぶし、私もソジュンにはそう言う。
他の子供たちには「ママ」が居るのに、ソジュンにはそう呼べる人が居ないのがあまりにも可哀想だからだ。
それに何より、私は一生「ソジュンのママ」なのだから。
ソジュンは売り場に真っ直ぐ走り、きちんと大人の後ろに並んでいる。
連れて来てくれて奢ってくれたイ先生に悪くて、私はその場をあまり離れられずにいたのだが、それでもソジュンの姿は眼で追っていた。
ジュースを手にしたところまでは見ていたのだが、その後は人が邪魔して暫しソジュンは私の視界から消えた。
慌てて探すと、ソジュンは泣きそうになりながらこちらに来たのである。
「どうしたの、ソジュン」
「ママ〜〜〜〜〜っ、ジュースこぼしちゃった〜〜〜〜〜っ」
「転んだの?」
ジュースよりもソジュンが怪我していないかと思って膝辺りを見たのだが、転んでいないという。
誰かにぶつかって、持っていたジュースを落としてしまったらしい。
人が大勢居るが、零れたジュースを片付けに行くべきだろうかと思った時、クラクションが鳴った。
イ先生だ。
・・・申し訳ないが、このまま出よう。
「ソジュン、ジュースはお外で買ってあげる」
そう言ってソジュンの手を引いて、私たちは先生の車に乗った。
「今日はありがとうございました」
映画を観て夕食までご馳走になってアパートまで送ってもらい、車を降りてから、眠そうなソジュンにも頭を下げさせて、イ先生にお礼を言った。
すると。
「いや、いいんだ。 僕も楽しかったし。 そうだソジュン、次は遊園地に行こうね」
イ先生はソジュンの頭を撫でながらそう言ったのである。
“遊園地”と聞いて眠気が飛んだらしいソジュンは、顔を輝かせて頷いた。
「うん!!」
「良い子だな〜」
一層優しく頭を撫でているイ先生の気持ちが判らなかった。
“子持ち”の私に近付く男の人には、はっきり言って碌な人間は居なかったから。
それでも、明日学校でお断りすればいいだろうと、その時はそのままイ先生の車を見送った。
次の日、小学校で、私はイ先生にお礼とともに、遊園地は私ひとりで連れて行くからと言った。
勿論、嫌な思いをさせないように極力優しく穏やかに言ったつもりだ。
すると。
「判った、はっきり言うよ。 僕、君が好きなんだ」
「え・・・」
「今年の春、君が転勤して来た時に一目惚れしたんだ。 家族が甥のソジュン君1人だということも判ってる。 君たちを守りたいんだ。 いや、守らせて欲しい」
「イ先生・・・」
その後、何だかプロポーズみたいだね〜と照れながらも、イ先生は微笑んだ。
「返事は慌てないよ。 先ずはゆっくり僕を知って欲しい。 だから来週遊園地に行くよ」
イ先生はにっこり笑って、授業があるからと校舎に入った。
私たちは渡り廊下に居たのだ。
職員室に戻りながら、私はイ先生の言葉を考えていた。
私を好き?
今ひとつ信じられない。
大学2年まではともかく、ソジュンを育て始めてからは、本気で告白してくれた男性など居なかったのだ。
『君一人で子供を育ててるの? へええ』
当時はソジュンが甥だと知ってるのはガンヒョンたちのような身近な人間だけで、他の人は“私生児を産んだ女”として私を見ていた。
そして稀に、
『男が恋しいだろ? 俺がシてやるよ』
などと言う中年男性も居たのである。
だから。
イ先生の気持ちは信じられない。
私は、ソジュンが居ればそれでいいのだ。
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