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シンのはじめてのおつかい


この国の皇位継承者イ・シンは現在5歳。
『皇太孫殿下』なのだが、当然本人にまだその自覚はない。

現皇帝でシンの祖父イ・ウンは、周りが全てをしてくれて自分は何もしなくていいというシンのその状況を、少しでも変えたいと思っていた。
が、まだ子供だという気持ちもあり、特に何もせず今に至っている。


毎年の夏、皇室一家はそれぞれ御用邸や離宮で暫しの休息を取る。
今年ウンとその妻ヘジャは、孫であるシンを連れて離宮に来ていた。
シンの姉ヘミョンは、シンたちの母で皇太子妃の実家で過ごしているのだ。



「おじいさま、おばあさま、ことしもおよげますか?」

水泳を得意とするシンは、プライベートビーチで泳ぐのを楽しみにしている。

「勿論だ。 それにシン、今年は友達が来るぞ」
「ともだちですか? ようちえんの?」
「いや、儂の親友の孫だ。 初めて会う友達だぞ」
「たのしみです、おじいさまっ」

“初めて会う友達”と一緒に泳げるだろうかと、シンは期待を膨らませて一層笑顔になった。
ヘジャも笑顔で2人を見守っている。





実はウンは、自身の親友であるシン・チェソクと姻戚になりたくて、チェソクの孫でシンと同い年の女の子チェギョンを、将来シンの妃にと考えているのだ。
ヘジャも彼ならと承諾したのだが、チェソクにあっさり断られたため、今年の夏、先にシンとチェギョンを会わせようと画策したのである。

昨日からチェソクとチェギョンが、離宮から少し離れたところのシン家の別荘に来ていることは調査済みなので、突然行こうというのだ。
皇帝が自ら赴けば、チェソクとてシンとチェギョンを会わせないわけにはいかないだろうと考えてのことだ。



離宮に着いてから、ウンはシンに言った。

「シン、先にそなたの友達を迎えに行こう」
「はい!!」




車で大仰に行くのではなく歩いて行こうと、ウンとシンはただの祖父と孫にしか見えないように普通の格好をしてウン付きの内官を従えて、ヘジャに見送られて離宮を出た。

が、勿論翊衛司たちは付いて来ている。
彼らも私服なので、実はシンは気付いていない。


「おじいさま、ともだちのいえまではとおいのですか?」
「暫く歩かねばならん。 大丈夫か?シン」

きちんと調べている翊衛司が前を歩いているので、それに付いて行くだけのウンは、シンにそう答えた。
大人の足で歩いて15分かからないとのことだったが、シンが居るので20分以上かかるかもしれない。

「はいっ、おじいさまっ、すぐにぼくのともだちにあえますか?」
「勿論じゃ」
「やったっ」

シンは嬉しそうだ。


普段は宮と幼稚園の往復で、何処に行っても周りには翊衛司が居るしクラスの子たちは当然のように王族で、見知った顔ばかりなのだ。
なので今、翊衛司は居なくてウンと内官との3人だと思っているし、何より初めて会う友達というものに期待が膨らむばかりのシンだった。




途中スーパーを見つけたウンは、ふと、シン1人に買い物を任せてみようかと思い立った。

「シン、そなたの友達に土産を買うのを忘れていた。 買って来てくれんか?」

勿論本当は用意している。
付いて来ている内官が持っているのだ。

「なにをかうのですか、おじいさま」

ウンはペンとメモを出し、それに『あめ、ちょこれーと、あいすくりーむ』と書いた。
アイスクリームが溶けることは判っているが、その時シンはどうするだろうと思ったのである。

内官は少し心配なのだが、シンの社会勉強になるだろうと、ウンのほうが楽しそうだ。

「これを買って来て欲しい。 儂は先に行っておく。 友達の家はこの道を真っ直ぐ行けば見えて来るぞ」

ウンはそう言って、自分たちの眼の前に伸びている海沿いの道路を指差したが、当然だろうがシンは少し不安になった。

「・・・おじいさま、ここでまっていてくれないんですか?」
「儂は少し疲れたから先に行きたいのだ。 向こうでそなたを待っている。 この道を真っ直ぐ行って、塀に囲まれた白い家だ。 忘れるでないぞ」
「はい、おじいさま・・・」



シンはお金とメモを握り締めて、ウンを振り返りながらもスーパーに向かった。
勿論すぐに2人の翊衛司が付いて行ったことは言うまでもない。




ウンはシンと翊衛司2人がスーパーに入るのを見届けてから、お付きの内官に言った。

「行くぞ、コン内官」
「本当に先に行かれるのですか?」
「翊衛司が居るから心配なかろう」

そう言いながら歩き始めた2人の傍を1人の女の子が通ったが、2人は気にも留めなかった。






「えっと、あめどこかなあ?」

誰かに聞く、ということを知らないシンは、1人であちこち歩き回った。
とにかく1人になってしまったのだから仕方がない。
早くお菓子を買って祖父を追い掛けようと考えているシンだ。

が、店内は広いし、シンはこういうところに入ったことがない。
お菓子売り場に行けばいいだけの話なのだが、それが判らないのだ。


おまけに5歳故に視線が低くて上の棚にある物を見ることは出来ないし、何より商品があまりに大量で、それらを前にしてシンはどうしていいのか判らなくなっていた。

まだ5歳。

不安ながらも、友達にお土産を買うんだ!と気持ちを奮い立たせて入って来たものの、突然1人になって周りは知らない大人だらけで心細く泣きそうになった時、どうしたの?と誰かがシンに声をかけて来た。


シンより少し背が高い女の子だった。



シンの様子を見ていた翊衛司は、コン内官に連絡して皇帝の指示を仰ごうとしたのだが、そのことで暫し様子を見ることにした。





「どうしたの? まいご?」

自分も子供のくせにそう聞いて来た女の子に、シンは警戒を緩めてメモを見せた。

「これをかいにきたんだ」

女の子はそのメモを見て、こっちよ、とシンを連れて行ってくれた。




「このスーパーのこなの?」
「ううん。 なつだけこのちかくにくるの。 このおみせはおじいちゃんとよくくるのよ」
「ふうん」

女の子が飴もチョコレートも取ってくれて、シンはアイスクリームも手にした。


「きみもおやつをかいにきたの?」
「うん。 このジュースをかいにきたの」

女の子はそう言うと、重いジュースのペットボトルをシンに見せた。

「レジにいこう」
「れじってなに?」
「おかねをはらうところ」
「ふうん」



女の子が先に会計を済ませ、その真似をしてシンもお金を払った。
レジの中年女性が、小さい2人に声をかけた。

「エライねえ、2人で買い物に来たのかい?」
「ううん、いまあったんです」
「そうなのかい? じゃあ2人とも気を付けて帰るんだよ」
「はい、ありがとうございます」

きちんと受け答えした女の子に倣って、シンもありがとうございますと言った。


翊衛司のうち1人はスーパー内の一部始終を動画に収めていて、可愛い2人に頬を緩めていた。
そしてもう1人は、今スーパーを出ましたとコン内官に報告していた。





「じゃあね、わたしこっちだから」

女の子がシンが行く方向に足を向けたので、そのことにほっとしながら、シンも付いて行った。

「ぼくもこっちなんだ。 おじいさまがまってるんだ」
「そうなの? じゃあいっしょにいこう」
「うん」




てくてく歩いていた2人だったが、何と言っても真夏だ。
シンが持っているアイスクリームが溶けかかっていることに、女の子が気付いた。

「ねえ、アイスとけちゃうよ」
「え?」

そう言われてシンがビニール袋を見ると、外からでもアイスクリームが溶けて形が崩れているのが判った。
このままでは家に着くまでに完全に溶けてしまうだろう。

驚いて頭が働かないシンに、女の子が言った。

「ねえ、たべようよ」

アイスクリームは2個なのだ。
シンは自分とウンの分を買ったのである。

「え、でも・・・」

1つはおじいさまのなのにと、シンは咄嗟に返事が出来なかった。

「どこまでいくのかしらないけど、とけてなくなるんじゃないの?」

その前に今2人で食べようと、女の子は言っているのだ。
小さいながらもそれが判ったシンは、覚悟を決めて1つを女の子に差し出した。

「うん、たべよう」
「ありがとっ」

重いジュースを持っている女の子は実は汗びっしょりだったので、冷たいアイスクリームを手にして大喜びだった。





「おいしいね」
「うん」

2人は堤防に腰掛けてアイスクリームを食べた。
冷たいアイスが口の中で溶けて行くのを感じながら、シンは心の中でこんな理屈を付けていた。

今自分が食べているのはおじいさまの分のアイスで、女の子が食べているのは自分の分のアイスだ、だからおじいさまのアイスがないのは自分が途中でおじいさまのアイスを食べたからだ。
だから叱られるのは自分1人だ。

シンなりに女の子を守ろうとしたのである。






「「え? ここなの??」」

翊衛司からの動画と報告で何もかもを知っていたウンとチェソクは、驚いてお互いに声を揃えたシンと女の子、つまりチェソクの孫チェギョンを出迎えた。

じゃあともだちってきみ?と嬉しそうなシンを見て満面の笑みのウンと、眼を丸くしているチェギョンを見て溜息を吐いたチェソクだった。
チェギョンが買ったジュースは、本当に買い忘れたことで、チェギョンがスーパーに行ったのである。


「ほれ見よ、儂が画策せずとも2人は出会っただろうが」
「・・・」

嬉しそうなウンに、返事も出来ないチェソクだった。

そしてこの時、シンとチェギョンは許婚同士になったのである。








「シン君、見て見て!」

昔のシンのアルバムを見ていたチェギョンが、5歳の頃のシンと自分を見つけて声を上げた。
あの時翊衛司がこっそり撮っていたもので、口元をアイスで汚しながらも美味しそうに頬張っている2人の写真だ。

「この時翊衛司さんが付いて来ていたなんて知らなかったわ〜」
「5歳の皇太孫を1人には出来なかったということだ」
「そういうことね〜。 ねえねえ、この時のこと憶えてる?」
「お前がアイスを食べたいと言ったんだよな、溶けるって理由付けて」
「だってあのままじゃほんとに溶けてたでしょ! シン君ったら!」

ぷうっと膨れたチェギョンの頬に、シンが笑いながら手を伸ばした。

「お前はこの頃から可愛かった。 今はもっと可愛い」

シンはそう言うとチェギョンにちゅっとキスをした。



此処は皇太子となったシンが住む東宮殿で、2人が居るのはシンの部屋だ。

あれから14年。
高校を卒業した今年の春、シンとチェギョンはウンの願い通り結婚したのである。






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