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名無し君は見た!


『今日の調理実習はケーキを作るの。 食べたい?』

朝、俺が甘い物に目がないことを知っている幼馴染からそんなメールがあった。
『勿論!』と返信したので、今日のおやつはケーキだなと内心ほくほくしながら、午後、教室にケーキが届くのを待っていた。


が、遅い。
いくらクラスの実習といえど、彼女はケーキ作りには慣れているので時間はかからないはず。


待ちきれずに廊下に出た時、向こうからミン・ヒョリンが来るのが見えた。
両手でケーキを持っている。



何処に持って行くのだろうと、素知らぬ振りをしながらも見ていると、ミン・ヒョリンは廊下にある1つのロッカーにそれを入れたのである。

あそこは靴箱ではないが、あんなところにケーキを入れるなんてと呆れて、ついじっと見てしまったことで、俺に気付いたミン・ヒョリンが、何見てるのよ!と顔に書いて俺を睨んで戻って行った。



話したこともない男を睨むなんてすごい女だ。

ミン・ヒョリンのクラスメートである幼馴染は、ヒョリンが嫌いだ!と常々口にするが、その理由が判った気がした。



そのミン・ヒョリンが誰のロッカーにケーキを入れたのか気になって確認すると、殿下のロッカーだった。
既婚者の男に自分が作ったケーキを持って来るなんてどういうつもりだ。



が、そんなことより俺のケーキはまだだろうか?

同じように調理実習だったはずのミン・ヒョリンは此処まで来て帰ったというのにと、廊下の向こうを見た時、教室からカン・インが出て来て、真っ直ぐ殿下のロッカーに行って中身を出した。

へえ、こいつミン・ヒョリンがケーキを入れたのを知っていたのか。




「シン、ケーキだ! ヒョリンからだ。 美味そうだぞ!」

カン・インは、馬鹿なことに大声でそう言った。
その声にチャン・ギョンが殿下を連れて廊下に出て来て、リュ・ファンとともにケーキを褒めそやしている。

「おお〜っ、さすがヒョリンだな! 見た目も綺麗だし店で売ってるケーキみたいじゃないかっ」
「すごいね〜、シンにか〜。 ねえ、僕たちも少しくらいもらってもいいよね?」
「馬鹿ファン! これはシンのだぞ!」

お前のほうが馬鹿だろ、カン・イン。



3人の馬鹿な御曹司には呆れたが、やはり皇太子というか、殿下のほうが常識があったようだ。
殿下は彼らに向かって無表情で、だがはっきり言ったのである。

「俺は宮に帰ってからチェギョンが作ったケーキを食べる。 だからそれは要らない」



すぐに殿下は教室に入ってしまい、残された3人は、何も言えずに顔を見合わせていた。

その時、カン・インが捧げ持っているケーキをきちんと見た俺は、幼馴染が作ったものだと気付いた。



彼女はケーキの上に必ず小さいリボンを飾るのだが、その結び方が独特なのだ。
そしてそれが、カン・インの手の上のケーキに乗っているのである。


だがこれは確かにミン・ヒョリンが持って来たケーキだ。
どうなっているのだろうと思っていると、ソレ返して!と幼馴染の声が廊下に響いた。

彼女はミン・ヒョリンの腕を掴んでおり、もう一方の手には崩れたケーキがあった。





「カン・イン。 それは私が作ったケーキよ。 あなたたちのお姫さまのミン・ヒョリンが作ったのはこれよ」

幼馴染はそう言うと、崩れたケーキをカン・インに押し付けたが、彼はそれを拒んだ。

「はあ? お前何言ってんだ? ヒョリンが作ったのはこっちだ!」

だが、彼女たちの後ろには舞踏科の生徒が2,3人付いて来ていて、その子たちも口を揃えたのである。

「ヒョリンがこの子のケーキを持って調理室を出たのを見たわ」
「自分のが崩れたからって、人が作ったものを、さも自分が作ったように持って来たのね、ヒョリンって。 サイテー」

それを聞いてあんぐり口を開けていたカン・インたち3人だったが、幼馴染が、返せ!と言ってカン・インの手から自分のケーキを取り上げヒョリンのケーキを持たせたことで、正気に返ったかのようなカン・インが、やっと言葉を発した。

「ヒョリン・・・、本当なのか? お前、人の物を持って来たのか?」

ミン・ヒョリンは悔しそうに顔を歪めたまま、つんと横を向いた。
白状したようなものだった。





その後ミン・ヒョリンは、人のケーキを盗った泥棒だ、嘘吐きだと誹りを受け、カン・インたちも、馬鹿な御曹司だと笑われていた。

おまけに、ミン・ヒョリンは引っ越したらしい。


「ヒョリンってミン家のお嬢さまじゃなかったんだって!」

何処から聞いたのか幼馴染が言うには、ケーキのことがミン家の主人の耳に入り、人の物を盗んでそれを殿下に持って行くなんてとエラくご立腹で、家政婦をしているミン・ヒョリンのお母さんを解雇して2人を追い出したらしい。

「ほんっと馬鹿な女! 私のケーキを狙うなんて見る目はあるけど盗むのはだめよっ」
「・・・見る目はあるのか?」
「何か言った?」
「いえ、何でもないです」




盗んだケーキを押し付けられそうになっていた殿下はというと、結構妃殿下、つまり美術科のシン・チェギョンと仲がいいらしい。

ケーキで揉めていた時も、教室で、この次お前たちがケーキを焼くんだろ、とか電話していたそうだ。


それに以前一度だけ、滅多に笑わない皇太子がチェギョンの前でだけ笑ってる!と女子が騒いでいるのを聞いたことがある。
カン・インたちは、そのことに気付かなかったのだろうか?

「御曹司って人種は自分の考えが正しい!と思ってる馬鹿だもの。 周りなんて見てないのよ」

幼馴染の言葉には一理あると思った。

「一理あると思ったでしょ! あいつらより私のほうがよっぽど賢いわよねっ」
「・・・」

俺は返事をせず、彼女が作ったケーキを頬張った。
美味い。






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