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参拾伍 4


『なんで急にこんなことになったんだ?』

ファンから、ヒョリンと再婚などしないという俺の言葉を聞いたと言って、ギョンが電話して来た。
それでも再婚の噂は学校でだけ出ていることだと思っていたのに、ヒョリンの素性が判ったことで、イギリスの<王冠をかけた恋>の如く俺の退位にまで発展してしまい、驚いたようだ。

『退位して私生児と結婚なんて有り得ないだろ。 大体お前は結婚してるのに離婚が前提みたいじゃないか』

“離婚が前提”
確かにそうだ。
チェギョンとの離婚は決定されたことだが、発表されていないので外には漏れていないはず。

噂にしても、先行し過ぎている気がする。



そしてこの時、ギョンは俺に謝った。

『ごめん。 その、言い訳になるけど、俺ヒョリンをお嬢様だと信じてたから、シンに相応しいのはヒョリンだと思ってたんだ。 だからア、・・・チェギョンを馬鹿にしてた。 ほんとにごめん』
「いや、俺も同じだ。 だから今こんなことになってるんだ」
『シンもヒョリンの素性を知らなかったのか?』
「ああ。 彼女はお嬢様然としてたから」


そうだよな〜というギョンの呟きを聞きながら、この時俺はやっと気付いた。
俺は・・・、チェギョンに一度も謝っていないのだ。



写真という真実に、何の言い訳も通用しないのだからと思ってしまったのだ。
関係ないと言ってしまった手前、ごめんのひとことも言えずにいた。
何も悪くないチェギョンひとりが振り回されているというのに。



後悔して内心溜息を吐いている俺の耳に、ギョンの言葉が聞こえて来る。

『でさ、俺たちファンに促されて美術科に行ったんだ』

チェギョンが登校してると思っていたので、今日、3人で謝ろうと美術科に行ったらしい。 
が、チェギョンは休んでいる。

『当然だよな、お前も来てないのに彼女だけが登校するわけなかった。 でもそれを彼女の友人たちに言ったら怒られてさあ・・・。 チェギョンは登校してた、不貞を働いたのは皇子なのにチェギョンが笑われたって』
「え・・・」

チェギョンは・・・、笑われていたのか?
登校したばかりに?


その友人の言葉で、ギョンたちは彼女たちにも謝ったらしい。
すると、突然怒鳴られたそうだ。



『今頃謝っても遅いわ! あんたたちが馬鹿にしたのはこの国の皇太子妃よ! あんたたち何様!? あんな女を崇めて奉ってどうかしてるんじゃないの!?』

怒鳴ったのはチェギョンの友人の眼鏡女子で、ギョンたちに怒りながらも泣いていたらしい。

『チェギョンがあんたたちに何したっていうの!?』



『あれは堪えた。 その通りなんだ、チェギョンは何も悪くないし、俺たちだって何もされてない。 なのに一方的に彼女を蔑んだんだ』

廊下で怒鳴られたので、ギョンたちは他の生徒にも“私生児を崇めてた馬鹿な男たち”という眼で見られ始めたみたいだとギョンは言った。
だがそれは自業自得だからとも。

『ヒョリンも、煽ってるネット記事のおかげで世間じゃ可哀想だと思われてるみたいだけど、学校では爪弾きにされてるようだ』

というのは、舞踏科講師のナム先生が学校を辞めたからだそうだ。

『こんな騒ぎを起こした私生児を支援していたなんてと、旦那さんが怒ったらしい』

相手は皇室なのだからと、騒ぎが大きくなる前に、ヒョリンを放り出して海外に移住するそうだ。


なのにそんなことはネットに出ないので、国民は何も知らずに騒いでいるというのだ。
ギョンたちも、もうヒョリンに関わるのは止めようと話し合っていて、インも送り迎えという馬鹿なことは止めているらしい。


『それでさ、俺たちでヒョリンの真実の姿をネットに書き込みしようと思うんだけど・・・、その、構わないか?』
「構わない。 嘘はだめだが本当のことなら書いてくれ」
『判った!』




ギョンたちはすぐにかかってくれたようで、卒業制作のパネルを作りながらチェックしていると、それらが上がって来た。

最初からミン家の娘のふりをしていたこと、皇太子も周りもそれを信じていたこと、周りの生徒を見下していたこと、乗馬クラブで本物のセレブ相手にまで上から目線だったこと。
そして、コンクールで優勝してもしなくても戻って来ないと言っていたのに帰国して、皇太子妃を下品だ認めないと蔑んでいたこと。



その夜、ギョンたちの書き込みを読みながら、ヒョリンの傲慢さに改めて呆れていた。
俺もこういうことを知っていたのに、お嬢様だからだと思っていたのだ。


それに。

インたちは俺に謝りチェギョンに謝罪しようと会いに行き、ネットにも書き込みをして何とかしようとしてくれている。
なのに、俺は何をしてる?

謹慎を言い渡されたからと、碌に自分の部屋も出ずに閉じ籠もって、チェギョンに謝罪もせず話をしようともせず、ただ世間の騒ぎを見ているだけだ。

俺自身が何とかしなければならないというのに。


そして、今頃になってやっと気付いたことがある。
タイで、ホテルの中庭の写真があったことだ。


街に出てからならともかく、あれがあったということは、ホテルにパパラッチが入り込んでいたということだ。
おまけにあの時、俺は窓から抜け出したのだ。
にも拘らずあのベンチでの写真もあった。

・・・もしかしてヒョリンに張り付いていたパパラッチが居たのか?
でも何故??
タイのパパラッチがヒョリンを見知っていたはずがないのに。



さすがにそれが気になって、すぐにコン内官に調査を頼み、その後父上に電話をした。
会見をしたいと言うために。



『会見? 今更か?』
「おかしな噂ばかりが飛び交っています。 今週末の離婚発表の前に私の口から真実を話したいのです」
『・・・』

父上は暫く考えていたようだったが、許可をくれた。
さすがに退位にまで飛び火したからだろう。




インたち3人が上げた記事によって、次の日には、<ミン・ヒョリンって私生児を隠して偉そうにしてたのか!>とか、<よくもまあ妃殿下を笑えたもんだ>の声が上がって来た。

<退位なんておかしなことを言う奴が居るけど、もしそうなっても殿下は皇族だ。 本当に二人が愛し合ってるとしても、そんな嘘吐きが皇族になるのは許せない>
<最初から騙されてたなんて、俺ならそんな女との結婚なんて考えられない>

そういう書き込みがたくさん出て来たが、それでも、<でも本人たちの気持ちが1番だ>という声もまだあった。




そして次の日、俺は公人だからともかく、ヒョリンは未成年の高校生だからと遠慮していたようなマスコミは、ついにヒョリンにマイクを向けるようになったらしいが、インたち3人が邪魔をしてるようだ。

『はっきり言って、ヒョリンは何を言うか判らないからね』

ファンの言葉にインもギョンも同意して、3人でマスコミを止めているらしい。
それはよかった。

「ありがとう。 ファンとギョンにも礼を言っておいてくれ」
『ああ』




インからそれを聞いてほっとして電話を切ると、丁度コン内官が入って来た。

「殿下。 会見の準備が整いました」
「すぐに行きます」

会見は東宮殿の応接室で執り行われる。
既に記者も集まっていて、俺が行くだけだ。




パビリオンに出て先にチェギョンの部屋に入ると、彼女はソファーに座っていた。
会見のことは聞いているはずだ。

「チェギョン、今から会見を開く。 生放送だから見ていてくれ」
「うん・・・」

俺を見るその顔に、“心配だ”と書いていた。
思っていることが素直に顔に出るチェギョンが羨ましくもある。
無表情を通して来た俺には、そんなチェギョンが眩しかった。


俺はチェギョンが好きだ。
だが離婚しなければならない。
チェギョンを手放さなければならないのだ。

今はそれだけが悔やまれる。
だから、チェギョンのためにもはっきり言わなければ。


「お前のためにきちんと話して来る」
「え?」

眼を丸くしたチェギョンに微笑みかけて、俺はコン内官とともに応接室を目指した。





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お話 其の参拾伍(完)