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弐拾 29


チェギョンと丘の上で会った次の日の朝、俺はチェギョンの見送りに行くと父上たちに言った。

「午後3時の便だそうです。 見送りに行ってきます」
「行くのは構いませんが、あなただと判らないようにするのですよ」
「母上。 私はこそこそ見送るつもりはありません。 堂々と行きます」

はっきりそう言うと、父上が難色を示した。

「いや、宮がこんな状態の時に堂々と行くのはどうかと思うが」
「いいえ、父上。 こんな時だからこそです。 チェギョンは何も悪くないし、こうなったからといって、宮との関係が悪化したわけではないのだと知らしめるためにも、私だということを隠さずに見送りたいんです」

きっぱりそう言うと、おばあさまが賛同してくれた。

「その通りだ。 チェギョンは何一つ悪くなかったのだから、宮の代表として大君が見送りに行きなさい。 チェギョンによろしく伝えておくれ」
「はい、おばあさま」



そしてそのことは内々に新聞社や雑誌社にも知らされた。

『シン大君殿下がシン・チェギョン嬢のお見送りに行かれます。 記事になさるのは構いませんが、お二人が会えることはもう当分ございません。 故にお二人の邪魔にならぬよう遠くから写真のみになさってください。 後に宮から公式のコメントを出しますので』

このコン内官の申し入れのおかげで、記者たちは遠巻きに俺たちの写真を撮ることを約束してくれたのだ。





チェギョンが韓国を出る日、俺は翊衛司10人とともに、3台の車列で空港に向かった。
手には、俺とお揃いの腕時計が入った箱がある。

チェギョンと同じ時を刻みたいと思ったからだ。


チェギョンに嫌われていないのは判っている。
ただ、一度切れた縁だから、素直に俺の胸に飛び込むことが出来ないだけなのだ。

絶対そうだ、そうに決まっている!


そう思い込むことで自分を奮い立たせていたのだが、時計が届いた日、チェ尚宮が嬉しい言葉を聞かせてくれた。

「チェギョンさまは殿下を嫌ってはいらっしゃいません。 嫁いで来られてすぐの頃、女官と話しているのを聞いてしまったのですが、殿下に憧れていて、学校ではいつも殿下をご覧になっていらしたとか」

この言葉はすごく嬉しかった。
俺のせいでこんなことになってしまったが、チェギョンは最初俺を憎からず思ってくれていたのだ。

ならばと俺は、尚更強引に進めることにしたのである。





チェギョンは人目を気にしたのかもしれないが、大人しく時計を受け取ってくれた。
その後チェギョンを煽って無事他の男に眼を向けないと約束させてから、俺はチェギョンのご両親に謝った。

今までこうして直接会えることがなかったので、俺はまだ謝罪が出来ていなかったのだ。


真摯に謝り、許していただけた。
これからもチェギョンとともにというニュアンスを込めた言葉にも、義父上は、はい、と返事をしてくれていた。

と言っても場所が場所なので、もういいと言わずにはいられなかったか、もう会うこともないだろうからとそう言ってくれただけなのかもしれないし、後の俺の言葉は聞いていなかった可能性は大だが。




その後チェギョンが搭乗口に吸い込まれてしまうまで見送り、俺は空港の玄関に向かった。
が、途中、当然だろうが記者たちに取り囲まれ、俺は取材を受けた。


「シン・チェギョン嬢のお見送りですね。 お渡しになったのは何だったかお聞きしてもよろしいですか?」
「それはいつかお話出来る時が来るかと思います」
「殿下とシン・チェギョン嬢のご縁は切れたとばかり思っておりましたが」
「そうですね。 実は彼女とはあんなことになってから友人になりました。 今日は、暫く会えなくなる大切な友人の見送りに来たんです」
「ご友人ですか?」
「はい。 今のところは」

意味深な言葉を言ったことで、記者たちは色めき立っていた。




その後の宮からの公式コメントに、俺は緩む頬をどうすることも出来なかった。
大声で笑い出したいほどだったのだ。

さすがだ、コン内官!

そのおかげで世界各国からお祝いとも取れるようなメッセージが相次ぎ、俺はますます嬉しかった。




チェギョンと結婚してからの俺の態度は酷く、婚姻無効もそのことが原因なのだが、退位した俺の潔さと、今回すぐに復位せず先ず宮の立て直しを図ろうとしたことで、国民の俺への評価は悪くなさそうだった。


このことに気を緩ませることなく、しっかり反省の意を表して、何の憂いもなくチェギョンを迎えたい。
俺はそう思っている。

先ずは公務にボランティアに真摯に取り組み、皇室への信頼と尊敬を取り戻してからだ。



が、毎日のチェギョンへの電話は欠かさなかった。
時間があれば昼間かけるのだが、それが出来なかったら日付が変わる頃にかける。
向こうは朝だ。
チェギョンへのモーニングコールを兼ねているつもりなので、出るまで呼び出す。

『・・・はい』
「おはよう、チェギョン」
『・・・おはよう、シン君・・・』

寝起きのチェギョンの声が嬉しい。
この声を隣で聞けるのはいつになるのか。


時差は把握しているらしく、そっちは夜でしょ、とチェギョンは言う。

「ああ。 俺今から寝るんだ」
『じゃあおやすみ。 私はおかげですっかり眼が覚めたわ。 行ってきます』
「ああ、気をつけろよ」
『うん』


そしてあっさり電話は切れる。
俺からは切ることが出来ないのだが、チェギョンはすぐに切ってしまう。

それが寂しい。
俺はその寂しさを抱えて眠りにつくのである。






大学では友人が出来た。
ハン・ジニョクとユン・ソヌだ。

ジニョクは金持ちの息子で、ソヌは学生兼、ジニョクと二人で立ち上げたIT企業の社長だ。
たった二人の会社だから知れたものだとジニョクは笑うが、ソヌはかなり真剣に仕事をしている。
チェギョンとのことも、彼らがネットの世界を操作してくれたと言っても過言ではないのだ。
ネット上で、俺とチェギョンのこと、皇室のことを良く書いてくれているのである。

それだけ、今の社会はネットに依存しているということだろう。
そのおかげで1年経つ頃には、すっかり元のように、皇室は国民の支持を得られたようだ。




が、それと同時に王族会も動き始め、シン殿下の妃候補を立てましょうかと父上に進言して来たらしい。
チェギョンへの気持ちを知っている父上はその話を蹴ったそうなのだが、諦めきれない王族が居たようで、昼休みにジニョクやソヌとともに大学のカフェに居ると、一人の女が俺に声をかけて来た。

「殿下、ご一緒してもよろしいですか?」


カン・へウ。
カン王族の次女で、俺より一つ年上の大学3年生だ。

今はまだ反省中という身なので、大学内といえども無碍にはしないのをいいことに、カン・へウはそれからも俺の前に現れた。


「今日は私がお弁当を作って来ましたの。 食べてくださいますか、殿下」

食べるわけがない!

「あら、殿下もこの講義でしたの? 隣に座ってもよろしくて?」

香水が臭いから傍に来るな!



この女のことが、どこか他からチェギョンの耳にでも入ったらと危惧した俺は、既にチェギョンのことを話していたジニョクとソヌに協力を求めた。

「「任せとけ!」」

二人はそう言ってくれて、なんと二日後にはカン・へウは俺の前から消えた。




「どうやったんだ? カン・へウはしつこそうだったのに」
「企業秘密だ。 な、ソヌ」
「ああ。 シンは皇族だからそういうことは知らなくていいのさ。 他に出て来たら言え。 排除してやるから」

そう言われたら聞かない方がいいのかもと、俺はありがとうと礼を言った。


それからは、俺に近付く女は居なかった。





大学2年の秋になる頃には、そろそろ復位をという声が王族会から上がって来た。

「もうそろそろよいのではないか?」
「私もそう思います、陛下。 国民の反応もいいようですし」

父上と母上が意見を揃えた。
おばあさまもだった。

「私も、もうよいと思う。 大君は随分頑張ったし、我らとて、どこに行っても皆快く出迎えてくれている。 大君、どうじゃ?」


三人が期待を込めて俺を見ている。
それは判っていたが、俺は復位する前にしたいことがあるのだ。


「私もそろそろよいかと思っています。 ですがその前に、私をアメリカに行かせてください。 二週間でいいです。 その間にチェギョンを捉まえて来ます」
 


 
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