七夕の願い事
隣の国日本では、七夕の日、願い事を書いた紙を笹の葉に吊るして星に願い事をするのだとか。
小学5年生の時それを一人の女官から聞いた俺は、その年から毎年、七夕の夜は細長い紙に願い事を書いて、それを括り付けた笹の葉を星がよく見えるように窓に置き、星を見ながら祈った。
『チェギョンにごめんねって言えますように』
これが5年生の時に書いたものだ。
俺は小学4年の冬、チェギョンと仲がいいことを友人に揶揄われ、つい言ってしまったのだ。
『僕はほんとは、チェギョンみたいな眼も鼻も口も顔も丸い子は好きじゃないんだ。 チェギョンが僕に纏わり付くんだよ。 迷惑なんだ』
『なーんだ、そうだったんだ。 チェギョン、聞こえたか? シンはお前のこと迷惑なんだってさ』
友人の言葉にはっとして振り向くと、チェギョンが大きい眼をもっと大きくして僕を見ていて、ぽろっと一粒涙を落としたチェギョンは、その隣で笑っていた女の子の手を振り解いて走り去ってしまったのだ。
ははは、と笑う友人にすごくすごく腹が立った。
その日謝ろうと思ってチェギョンの家に電話したのだが、チェギョンは出てくれなかった。
それからチェギョンは俺を避けるようになり、5年になってクラスが離れたことでますますチェギョンは遠くなったのである。
そして、毎年の俺の七夕の願い事はチェギョンのことになったのだ。
『誤解だよってチェギョンに言えますように』
『チェギョンと仲直り出来ますように』
『チェギョンに会えますように』
『チェギョンと同じ高校に行けますように』
6年と中1、中2、中3。
俺のその願いは当然のように父上たちの耳に入り、チェギョンを好きなのに見ているだけだと思ったのか、中3の夏休みに宮に呼ぼうかと言ってくれた。
チェギョンは王族なのだ。
俺は皇太子なので宮に呼べば強制になってしまうし、悪いのは俺なのだからと、俺はこの時それを断った。
だが。
呼んでもらえばよかったと、後でめちゃくちゃ後悔したのだ。
何故なら、チェギョンが王立高校ではなく芸術高校に行ってしまったから。
そしてそこで、ユルと仲良くなってしまったから。
ユルは同い年の俺の従兄弟で、父上の亡き弟ス殿下の息子だ。
ユルと、その母親で恵政宮ソ・ファヨンさまは、宮の敷地内の楼閣に住んでいる。
ス殿下が亡くなったのは5年前で、その時俺とユルは12歳だったのだが、俺はその時ユルが呟いた言葉を今でも覚えている。
『これでもう、母上に責められなくて済みますね、父上』
どういう意味かは判らないし聞くことも出来なかったが、ユルは確かにそう言った。
今となっては尚更聞く機会などなく、ス殿下が何を責められていたのか知る由もないが。
とにかくそのユルが、高校生のうちは好きなことをやりたいと、芸術高校の美術科に進学したのである。
そしてそこにはチェギョンも居て、王族故かユルを放っておけなかったようで、急激に仲良くなったようなのだ。
小学校と中学校の時も同じ王立に居たというのに、二人はそれほど話はしていなかった。
多分、王立だったので他の王族の子女も多く、人当たりのいいユルには近づきやすかったこともあり、その子女だちが群がっていたせいかもしれない。
芸術高校には王族が少ないので、チェギョンが義務のように感じてユルの世話をしているのだろう。
俺はそう思いたかった。
その年の七夕も、相変わらずチェギョンに対する願い事を笹に付け、窓に置いた俺は、空を見上げて祈った。
『チェギョンに会えますように』
会いたい、チェギョン。
あの時の俺の馬鹿な発言から、チェギョンの姿を見ることは出来ても話をすることが出来ずにいた。
宮の祭事の時は、今までは中学生だったこともありチェギョンは出席していなくて宮では会えないし、家に電話も出来ず、あの頃はまだだったが今は持っているであろう携帯の番号も知らず、学校でしかその姿を見ることが出来なかったというのに、高校は別々になってしまった。
謝りたい、以前のように仲良くなりたいと思っていても、俺はただそう思っているだけで実行に移そうとはしなかったのだ。
皇太子だから、いつでもチェギョンを手に入れることが出来ると思っていたのかもしれない。
「会いたい、チェギョン」
高1の七夕の夜、俺は窓から空を見上げてポツンとそう呟いた。
数年後。
「へえ〜、これがその頃のお願い事?」
チェギョンが東宮殿の俺たちの部屋にある大きめの笹飾りに、願い事を書いた短冊を吊るしながらそう言った。
どういう意味だろうと振り向くと、なんと昔の俺の願い事の紙を吊るしているではないか!
「お!! お前、そ、それをどこから・・・っ! ///// 」
「皇后さまが教えてくださったの。 あの頃太子は可愛かったのよ〜って」
母上〜〜〜っ。 ///////
「返せ! それはもう必要ないんだ!」
チェギョンの背後から覆い被さるように手を伸ばし、その紙を取ろうとすると、チェギョンは俺の胸の中で俺を見上げた。
「やーだ! これはシン君の気持ちであり心じゃないの! 私のものよ、でしょ?」
唇を尖らせて、上目遣いでそう言うチェギョンが途轍もなく可愛い。
確かにその通りだ。
俺はあっさり白旗を揚げた。
「そうだな。 俺の心はお前のものだ。 あの頃からずっと」
素直に認めてチェギョンを抱き締めると、チェギョンも俺の腰に腕を回してくれた。
「大好きよ、シン君」
「俺もお前が大好きだ。 心からお前を愛してる」
そして俺たちは、笹飾りが置かれている窓辺で唇を重ねた。
今年の俺たちの願い事は同じだ。
『元気な赤ちゃんが生まれますように』
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