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弐拾弐 17


気分良くチェギョンとの散歩を終えて東宮殿に戻ると、母上がパビリオンに居た。
話があるという。


母上は以前ヒョリンの調査は続けると言っていたが、本当にそうしていたようだ。

「昨夜この報告が上がって来ました」

そう言って出された書類を、俺は手に取った。
それには、ヒョリンが最近一人の女性と会っていると書かれていた。
日付も場所も、会っていた時間も書かれている。

だがこれが何だというのか。


「これがその女性の写真です」

そう言って見せられても、それが誰か判らない。
40代くらいだろうか、派手な感じがする。

「母上、この人をご存知なのですか?」
「判りませんか? ああ、まあそうですね、14年も経てば」
「え?」
「先日義誠君が帰国したと報告に来ましたが、その母、恵政宮さまです」
「え!?」


驚いてもう一度写真を見たが、やはり俺は全然覚えていなかった。
ユルでさえ言われなければ判らなかったのだ、母親なら尚更だよな、と俺は自分を納得させていた。

が、その恵政宮さまがヒョリンと会っている理由はさっぱり判らない。



ただ写真を見ているだけの俺に焦れたのか、母上が再び驚くことを言った。

「太子。 私は、恵政宮さまは義誠君を皇帝にしようと帰国したのだと思っているのです」
「・・・・・は?」


俺の呆けたような返事が気に入らなかったようで、母上は立ち上がった。
慌てて同じように立ち上がった背の高い俺を見上げて、母上は言った。

「まあいいでしょう、単なる私の推測ですからね。 しかし太子。 もし、タイにそのミン・ヒョリンなりあなたの友人なりが現れても会ってはなりませんよ。 タイには陛下の名代として行くのです。 それを忘れてはなりません。 いいですね」
「はい、母上」
「チェギョン嬢には、タイに行くことをきちんと話していますね?」
「はい、母上」
「くれぐれも気を付けるように。 あなたの婚約者はチェギョン嬢で、それを国民も認識しているのですから、迂闊な行動はしないように。 いいですね」
「はい、母上」

神妙にそう返事していたというのに、母上は最後に俺を睨んだ。

「同じ返事しか出来ないのですか?」
「・・・」

・・・・・そう言われましても。




ヒョリンや俺の友人、つまりイン、ギョン、ファンに動きがあったら知らせると言って、母上は東宮殿を出て行った。
俺はそれを見送りながらコン内官に言った。

「あの写真は本当に伯母上だったんでしょうか?」

コン内官は、私はそのお写真を見ておりませんと返事をした。




インたちは、俺のタイ行きについては何も言っていなかった。
ギョンが、陛下の名代か〜とひとこと言っただけだったのだ。

あれからヒョリンも俺の前に現れないし、インも何も言わない。
これで完全に終わったと俺は思っていた。


だが、そうでもなかったのか?
ヒョリンが恵政宮さまと会ってどんな話をするというんだ?





漠然とした不安を胸に抱えて、次の朝、俺はタイに向けて出発した。

タイでは歓迎してもらえて政界の上層部との対談や歓迎会であっという間にその日は終わり、次の日はあちらこちらの寺院を巡り有名な建築物を見て、宮殿で王族の人たちとの晩餐会でその日も終わった。

チェギョンには空き時間に電話をしている。
他愛もない話だが、俺にとっては好きな女との心癒せる時間だった。



二日目、ホテルに戻る途中の車の中で、ウイリアム王子が宮に来た時、ユルが姿を現したことを聞いた。

「ウイリアム王子の接待は皇帝夫妻がなさると聞いていましたが」

俺は報告して来たコン内官に言った。

「はい、そうでございます。 実は義誠君さまが突然お出でになったようです。 ウイリアム王子とはご面識がおありだとかで」
「面識のあるなしは関係ないでしょう。 何故ユルが・・・」
「・・・」


テレビ中継されていたから、ユルのことは韓国中に知れ渡り、帰国していたのかとマスコミが食い付いたようだ。
恵政宮さまも帰国しているようだし、こうしてユルが公の場に姿を現したことで、俺は母上の危惧が当たっているのだろうかと思ってしまった。



俺は実は、ユルが帰るなら皇太子を降りてもいいと思っている。
元々はユルが皇太孫であり、皇太子になるはずだったのだから。
だがまあ、母親としてはそれが許せないのだろう。





ホテルに帰ってから母上に電話すると、困惑というより気分を害していたようだった。

『帰国の発表もしていなかったというのに、公の場に現れるなんて!』

ウイリアム王子も居るしテレビカメラもあるしでユルを拒絶することは出来なくて、終始にこやかにその場での挨拶を終えたらしい。

『陛下は喜んでいました。 皇太后さまは突然のことで困惑しておられましたが』

おばあさまの反応が普通だよな。
父上はユルに罪悪感を持っているのかもしれない。
俺と同じで。



その後母上は、ひとつ報告があると言って、ヒョリンとイン、ギョン、ファンが韓国を発ったことを教えてくれた。

「4人揃って?」
『タイへ行ったようですよ。 よもやあなたが呼んだのではないでしょうね?』
「え!? ま、まさか!」
『義誠君が公の場に現れ、恵政宮さまと繋がりのあるミン・ヒョリンがタイに行くなんて、嫌な予感しかしません。 太子、絶対に彼らに会うことのないように。 いいですね』
「はい」




母上との電話を終えてから、俺にまで、母上が抱いている嫌な予感が感染して余計に気分が沈み込んだので、今度はチェギョンに電話をした。
ユルが、チェギョンと同じクラスだと言っていたから、今回のことをどう思っているか気になったのだ。


ppp、ppp、ppp・・・

呼び出し音が鳴る。
チェギョンから掛かって来ることは無い。
それが少し淋しいが、忙しいと思って遠慮しているのだと、都合のいいように俺は考えている。


『はい』

チェギョンの声が耳元から聞こえて来る。
早く、この声を直に聞きたいと思った。


チェギョンはユルのことは知らなかったらしく、テレビを見て驚いたと言っていた。
まあそりゃそうだよな、俺でさえ最初はユルだと判らなかったんだから。

同じクラスというのが気になるが、チェギョンは今お妃教育で登校出来ないし、それが出来るようになるのは俺との婚礼が済んでからだ。
特に心配することもないだろう。

俺は、明後日午前中に帰れるからとチェギョンに言った。

「待っていてくれ」
『うん、気を付けてね』


チェギョンの何気ないひとことが嬉しい。
その後俺は、気分良く眠りについた。




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お話 其の弐拾弐(完)